「それが自社のルールだからはNG」スタートアップ労務担当者が実践すべき仕組み化とは
「労務担当は、スタートアップ企業の成長を妨げるボトルネックになりうる」
そう語るのは、ニュースアプリ『SmartNews』の開発・運営を行うスマートニュース株式会社へ2017年10月に入社し、同社初の労務担当として労務領域の仕組みづくりを進めてきたHRスペシャリストの久保田紗和子氏。
現在、アプリ『SmartNews』の躍進は日本国内だけにとどまらず、米国でも急成長しているサービスとなっており、それに伴い、スマートニュースはアメリカに3拠点、そして中国・上海にも開発拠点を構えるグローバル企業へと成長している。
そして従業員数は400名を超え、当然ながら外国人国籍の従業員も多く在籍する中、雇用契約書等の用意から入社手続き含め、労務領域はすべて久保田氏とアシスタント2名の3名体制で業務を行っているという。
成長し続けるスタートアップ企業の労務は、入社手続きまわりの業務だけでなく、従業員数の増加に伴う就業規則や福利厚生の整備など幅広く、その業務量がいかに多いかは想像に難しくないだろう。
そこで久保田氏は、様々な業務プロセスを自動化させ、各種手続きや承認フロー含め、いかにスピード感あるオペレーションを組めるかを重視した仕組みづくりに取り組んでいる。
今回は久保田氏がスタートアップ企業の労務担当として大切にしているマインドセットから具体的な仕組み化のポイント、そして仕組み化する上で活用しているツールについて語っていただいた。
変化の激しいスタートアップの労務担当は、柔軟な思想と生産性を高める意識を持つことが重要
まず、私は「経営陣と従業員、それぞれと伴走する仕事」が労務であると考えています。
経営陣に対しては、会社の成長や変化する社会情勢、そして経営陣が理想とする会社のあり方を実現していく上で、常に最適化を図る施策を法令に遵守する形で考え、提案していくことが求められます。
たとえば最近であればコロナ禍によりリモートワークを導入する企業も増えているかと思いますが、その場合の法令にも即した就業ルールをどうするかというのを、経営陣含め上層部に提案をしなければいけないときもあります。
一方で従業員に対しては、労務関連における手続きサポートや身辺上の相談など、安心して健康的に働けるための「身近な存在」でなければいけません。たとえば従業員のご家族が病気になってしまったというときに、どこまでが家族療養費の範囲になるかなどの相談に乗ることはもちろん、職場での人間関係の相談を受けることもあります。そうした様々な従業員の悩みに対して、相談窓口として会社の衛生環境を整えることも労務の仕事であると考えています。
そして、私はこれまで大企業の労務も担当してきたことがありますが、すでに就業規則が整えられ、働き方のルールがさほど大きく変わることのない大企業と違い、スタートアップ企業は社員規模はすぐに変化していき、働き方のルールもフェーズに応じて柔軟な変化が必要です。
そのため、労務というと「頭が固い」「固定概念から外れない」というイメージが強いように見受けられますが、スタートアップ企業の労務というのは、とにかく「柔軟な思想」と「生産性を高める意識」を持つことが重要なのです。
たとえば社会的に電子化が進んではいますが、企業によってはいまだ紙での書類手続きが中心となっている企業もあるでしょう。しかし、提出してもらった書類に不備があれば書き直してもらう必要がありますし、弊社のように複数拠点ある場合は郵送で書類を送ってもらうなど、紙での書類手続きは従業員側にも負荷がかかってしまいます。
それにも関わらず、「それが自社のルールだから」としてしまい、従業員の生産性を損なうような業務フローになっているケースは、スタートアップ企業であっても珍しくありません。
そこで法令に遵守しつつも、「会社方針に沿いながら従業員にとってよりベターなスピード感あるオペレーションをどう組み立てられるか」を日々追究し、一度定めたルールも最適なルールに変えていき、働きやすい環境をつくっていくことがスタートアップ労務に求められるマインドセットでしょう。
その上で、よりベターでスピード感のあるオペレーションを組み立てるためには、自動化は必須です。たとえば弊社では従業員が育児休暇を取得したい、引越したので登録住所を変更したいといったことも、すべてツール上で申請できるようになっているため、労務担当が都度「ここに記入してください」といったコミュニケーションをとる必要がありません。
実際に弊社では自動化の仕組みを整えたことで、労務業務にかかる時間を月30時間も削減することができ、労務自身の業務効率化も実現することができました。
労務業務を仕組み化できなければ、結果的に会社の成長を妨げるボトルネックになってしまう
ではスタートアップ企業の労務領域において、自動化や仕組みづくりをしないことによりどういった課題に直面しがちか、実際に私がこれまでに経験した課題含め、ご紹介していきます。
まずは、単純な人的ミスが発生してしまうことです。たとえば入社手続きひとつとっても、紙で書類手続きをしていれば入社する方の住所などを一つひとつ手書きで書いてもらう必要がありました。そのため書き損じや記入ミスがあれば、また新しい用紙を用意して書いてもらったりと、非常に生産性の低い業務フローになってしまいます。
また従業員情報をエクセルで管理している企業も多くありますが、ファイルの受け渡しという手間が発生するだけでなく、そもそもで最新のファイルがどれかわからなくなってしまい、適切な従業員情報管理ができず、結果的に部門ごとの人数が把握できずに採用計画も立てられないといったことになりかねません。
さらには、絶対間違えてはいけない従業員の給与計算も、間違えてしまう可能性があります。たとえば扶養家族がいるかどうかで税率が変わるのに対し、紙の書類を目視で確認するフローとなっていることで扶養家族の情報を反映することが漏れてしまったり、また各種手当の申請内容が給与支払いに反映されていないといったことが起こりうるのです。
そして次に直面しがちな課題として、労務担当者が業務量過多によって疲弊してしまうということが挙げられます。行政へ申請する社会保険等の書類も、紙で対応していると社員に記入をするようコミュニケーションをとり、そして労務担当者側でその他の必要項目を原本の用紙に何枚も記入し、さらには郵送業務も発生してしまいます。
また、新しく入社する社員がいる場合、労務担当者はIT部門に必要アカウントの作成を依頼したり、またどういった権限が必要であるか含めて個別にコミュニケーションをとる機会も多いでしょう。そうした入社手続きに伴うコミュニケーション業務も本来は自動化すべきことにも関わらず、個別に人力で連絡をとっていては、新しく入社する従業員がいる度に関係各所に「よろしくお願いします」と情報伝達をしなければなりません。
このように、一つひとつは数分で終わるようなタスクであっても、社員数規模が多くなるにつれて、週次や月次で見ると非常に多くの業務を抱えてしまうことになります。そのため、新しく働き方のルールを変えたい、海外採用を実施していきたいとなったときに、労務担当者が業務過多で新しい取り組みやプロジェクトを進めることができず、結果的に会社の成長のボトルネックとなってしまう可能性があります。
しかも、スタートアップ企業の場合はひとり労務体制や、他の業務との兼務も珍しくないでしょうから、いかに自動化や仕組みづくりをしてミスを減らし、業務効率を高めるかがポイントになってくるのです。
スタートアップの労務担当が実践すべき自動化・仕組み化の3つのポイント
では、具体的に労務領域でどういった仕組みづくりをしていくべきか、3つのポイントをご紹介いたします。まず1つめが、情報連携・情報展開の自動化です。
スマートニュースではいま、新しく入社する従業員がいる場合、リクルーターが入社する方の情報を入力することで、労務を介さずに必要部署へ情報が通知されるようにしています。また従業員情報も入社前に事前にフォームから記入してもらい、自動集計してツールで一元管理することで、入社時の従業員情報の回収にかかる時間を大幅に短縮化することができました。
そして2つめが、イレギュラー対応を最小限にするためのパターン化です。たとえば採用ひとつとっても、ベンチャー企業であればあるほどルールがあまり定まっておらず、正社員以外にもアルバイトやインターンなど、どんな人でも受け入れがちです。
人数が少ないうちはまだしも、100名、200名以上の規模となると勤怠管理や時給計算などが非常に煩雑となり、労務担当だけでなく、直属の管理者も非常に大変な思いをしてしまいます。
そこで私の場合は、週3勤務のアルバイトの場合は、労働時間を何時から何時までとするなど、働き方のパターンを労務側から提案。また入社日も毎月2回に限定することで新入社員講習の回数を減らしたりと、入社に関してイレギュラー対応が少なくなるようパターン化による仕組みづくりを進めてきました。
最後に3つめとして、人的エラーをなくすための仕組み化です。上通の通り、特に人的エラーが起こりやすい紙での記入・管理をいかに電子化し、ペーパーレス文化にするかが重要です。
そこでクラウドツールやAPI連携できるツールなどを導入・活用していき、結果的に手書きによる記入ミスがなくなっただけでなく、コピペによる転記先の間違いなども自動集計によってなくすなどの仕組みをつくっていきました。
このように、会社がスケールしていくためにも、労務担当者だからこそ気付ける自動化や仕組みづくりはどんどん進めていくべきでしょう。そうすることで従業員側の負担も減り、労務担当者も新しい取り組みを進める時間を確保することができるようになっていくのです。
スタートアップ労務が自動化・仕組み化で活用している3つのツール
昨今は法改正に伴い、様々なことが電子申請で対応できるようになっています。そのため、労務担当者はどういったことが電子化できるか、そのためにはどういったツールを使い、どう連携させていくかなどの労務担当者自身のITリテラシーを高めていくことも大切です。
そう聞くとハードルが高く感じてしまうかもしれませんが、様々なクラウドツールがいまはありますので、それらを活用することでプログラミング不要で自動化や仕組み化も実現できます。そこで実際に私が活用しているのが、下記3つのツールです。
01. SmartHR
ご存知の方も多いかもしれませんが、SmartHRは雇用契約や入社手続きがペーパーレスで完結でき、様々な労務業務に活用できるツールです。社会保険や雇用保険などの電子申請にも対応しているため、労務業務におけるペーパーワークや行政手続きの簡略化には欠かせないツールとなっています。
またスマートフォンからもアクセスが可能なため、住所変更や扶養追加の手続きなど従業員に何か情報を入力してもらう必要がある場合も、申請への心理的負担が下がり、スキマ時間に入力・申請してもらうことができます。
そして法令で義務付けられている名簿管理もSmartHRで対応可能なため、これまで紙でファイリングして管理していたものがすべてクラウドで管理可能。テレワーク需要が高まる昨今、オンラインで労務まわりの業務が完結、労務にとっては非常に重宝するツールでしょう。
02. Airtable
AirtableはGoogleスプレッドシートに似ているのですが、フォーム作成やグリッド表示、またカンバン形式でのタスク管理などが可能で、さらには履歴書や契約書などのファイル管理もAirtableで対応可能なため、社員情報のデータベースとして活用しております。
またAirtableは、様々なツールとのAPI連携ができることも特徴です。そのため、何か手続きまわりの申請にはAirtableのフォーム機能を使い、申請があったらSlackへ通知(※)して手続き漏れを防止するといった使い方もしています。
当然ながら複数人でのリアルタイム作業もできるため、ファイルの受け渡しなども必要なく、常に最新のデータを管理・閲覧が可能。UIも使い勝手もとてもシンプルで、汎用型データベースツールとして情報管理を行いたい企業に最適です。
※『Zapier』を使ったトリガー設定が必要
03. Slack
スマートニュースでは、社内コミュニケーションとしてメールはほぼ使わず、すべてSlackを使っています。Slackの利点は、API連携できるツールが多く、自動化の仕組みをつくりやすい点です。
SmartHRをSlackと連携させることも可能で、SmartHR上の管理者通知はすべてSlackにも通知するといった自動化が可能です。たとえばSmartHR上で従業員が住所変更の申請を行えば、労務担当者はSlack上で通知を受け取ることができ、さらにSlackのワークフローを使ってタスク管理もできるため、タスク漏れや確認漏れを減らすことができます。
一方でメールの場合は間違って該当メールをアーカイブしてしまったり、返信忘れといったことが起きがちです。そこでタイムリーに反応できるSlackをコミュニケーションツールとして、さらには申請まわりの通知先として使うことで、スピード感のある対応が可能になります。
編集後記:労務にとってのユーザーは従業員。いかにユーザー視点に立ち、最適化を図っていけるかが大切
久保田氏が語るように、スタートアップ企業では労務担当者がひとりであったり、兼任で担当していたりといったケースは珍しくない。しかし、経営陣が目指す企業のあり方を実現したり、企業がスケールしていくためには、いかに労務担当者と共に自社に合った働き方を整備し、労務業務まわりを効率化していくことが非常に重要である。
スタートアップ企業が成長し続けるためにも、労務がボトルネックにならないよう、自動化や仕組み化を進めていくことの重要性をあらためて感じさせられるインタビューであった。
最後に久保田氏はこう語る。
「サービスはユーザー視点に立つことが大切であるのと同じように、労務もユーザー視点を忘れないこと。労務にとってのユーザーとは、すなわち従業員であり、従業員が働きやすい環境をいかにつくるかが労務の仕事です。
決まったルールに則って仕事をするほうが労務担当者はラクかもしれませんが、それではスタートアップ企業はスケールしていきません。特にすべての部署と連携する必要があるスタートアップ企業の労務担当者は、社内連携や業務プロセスをいかに最適化するかが大切です。
ピンチはチャンス。いまであればコロナ禍で、日々の業務オペレーションや運用体制を見直す良いキッカケでもあります。そして労務領域は、どの会社も入り口と出口は同じであるものの、その途中のプロセスは企業によって違い、かつ正解もありません。労務担当者として工夫の余地があるところでもあるため、ぜひトライアンドエラーを繰り返し、自社に最適なオペレーションを見つけていってください」
スタートアップ企業で人事労務全般を担当しています