「聞かずに見てわかる仕組みを作る」1人で6社のバックオフィス、事業開発を担う彼女の仕事のスタイル

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「経理担当といったジョブタイトルやポジションの業務と捉えるのではなく、バックオフィス業務は会社経営における1つのプロジェクトであると考えることが大切」

2018年9月にバックオフィス担当としてデジタルマーケティングカンパニー『MOLTS』にジョインし、現在はMOLTSグループ会社6社分のバックオフィス業務をひとりで担当する海老澤里沙 氏。

驚きなのは、6社分のバックオフィス業務だけでなく、新規事業開発責任者も務め、また既存事業のカスタマーサクセスおよびセールスサポート業務も担い、さらには自社事業のサイトリニューアルや採用サポートも担当しているということだ。そんな彼女の月間タスク数はざっと450以上はあると言う。

そこで今回、膨大なタスクをこなす海老澤氏がいかに業務効率化を図り、バックオフィス業務を遂行しているのか、また仕組み化を進める上でどういったツールを活用しているのかを語っていただいた。

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「経理は、経営数値を可視化するプロジェクトである」肩書きとして捉えると、業務破綻してしまいかねない

バックオフィス業務は財務会計から人事労務、また総務や法務と様々ですが、比較的レガシーな領域で、会社ごとに習慣化されたやり方での運用が続き、非効率なワークフローとなっている企業も多いように感じます。

一方で、HR TechやFinTechなどの台頭により、ツールを導入し業務効率の改善に努めている企業も増える中、ツール導入が目的となってしまい、結果的に業務効率の改善に繋がっていないというケースは珍しくありません。

そこで私が大切にしているのは、「経理担当」といったジョブタイトルやポジションの業務として捉えるのではなく、「経営数字を可視化するプロジェクトにアサインされている」といった形で、バックオフィス業務も会社経営における1つのプロジェクトであるという考え方です。

そして収支管理や決算報告といったこと1つひとつがプロジェクトのミッションであると捉え、ミッション達成のためのタスクを細分化するよう心がけています。

たとえば「売上請求管理」というミッションに対して、請求書発行の前段階で営業担当がいくらで受注しているのか、どのタイミングで請求書を発行すべきかといった情報を把握する必要があります。

そうした様々なタスクを整理したときに、経理担当が請求書管理をするのではなく、タスクの一部を営業担当自身で担うほうが、組織全体としてのワークフロー最適化が図れることもあるでしょう。

ポジションとして経理=請求書発行という考え方をしてしまうと、すべての請求書発行にまつわるタスクを経理担当が担わなければならず、負荷が増大し、業務破綻してしまいかねません。

そのため、組織全体の効率化を考えたときに「このタスクは私がやる仕事ではない」という発想も重要で、そうした考えはバックオフィス業務も1つのプロジェクトであり、いかにミッションを効率よく遂行させるか、という思想があるからこそだと思います。

そして会社経営におけるプロジェクトを遂行する上で、バックオフィス業務はフロント業務に就く社員の効率や気持ちなどを考えることも仕事であると認識しています。

たとえば領収書管理ひとつとっても、「会社が決めたルールだから」と紙の領収書原本を社員に提出してもらうといった運用を行っている企業も多いでしょう。しかしフロント業務に就くメンバーにとっては、わざわざ印刷しないといけなかったり、領収書提出のためだけに出社するなど、非常に非効率な運用になっているケースは、リモートワークが推奨されている昨今においても珍しいことではありません。

いまは電子帳簿保存法により、国としてもペーパーレス化を推進していく流れとなっており、一定の条件下であれば領収書発行会社が認識できる電子データでそのまま会計処理をすることが可能です。もちろん、電子データですと改ざんの可能性があるため、会社として一定のルールは定めなければならないものの、このような時代だからこそ、時代・環境に合わせて社内ルールをアップデートしていくことが必要だと考えています。

そうしたバックオフィス業務を取り巻く様々な状況を鑑みて、ワークフローの改善に努めることが結果的にバックオフィス担当者や組織全体の業務効率化に繋がるのです。

なぜツール導入しても業務効率化に繋がらないのか。大切なのは自社のワークフローを見直すこと

昨今はDX推進が叫ばれ、業務効率化を目的にツール導入を進める企業も多くありますが、注意しなければならないのは、ツール導入自体が目的になってしまわないようにすることです。

たとえば様々なツールを利用することは業務を煩雑化させると考え、ツールを一元化させようという動きはもちろん良いことだと思います。その一方で、一元化をしようとするあまり、ツール連携がうまくいかなかったり、使いづらかったりなどの課題があろうとも妥協してそのツールを使い続け、結果的に生産性が上がらない状態になってしまうということは往々にして起こりえます。

また、ツール導入によってバックオフィス担当者の業務は効率化するものの、フロント業務に就く社員の工数が増えてしまったり、不満の出てしまう運用フローになってしまうことも起こりがちです。

たとえば社員が入力しなければいけないデータがあった時に、わかりづらいUI/UXのツールであれば、社員にとっては当然入力作業において今まで以上の負荷がかかり、社員の生産性は低下してしまうでしょう。

つまり、これらのような課題や不満を防ぐために、バックオフィスとして認識すべきは「ツールを導入し一元化すること」ではなく、「その会社にあったやり方で業務を効率化すること」を意識する必要があるということです。

これらの問題解決に大事なのは、バックオフィス業務にまつわるワークフローの可視化と見直しです。

それは「誰が」「どのようなプロセスで」「いつまでに」「何をすべきなのか」を可視化し、その手段を見直すことによって、どういった業務がツール導入によって効率化ができるかが明確になり、また全体のワークフロー最適化に必要な改善方法が明らかになります。

利用頻度や重要度から、わざわざツールを導入するのではなく、汎用性の高いGoogleスプレッドシートで運用するほうがよい、といったことも判断できるでしょう。

業務を点で見てしまうと、効率化させるためにツールを導入するといった判断になりがちですが、このようにワークフロー全体を見直し、「いかにワークフローを最適化するか」という面で見ることが重要なのです。

バックオフィス業務を仕組み化するための3つのポイント

企業規模によっては、私のようにひとりバックオフィスとして、会計から労務、法務までを見なければいけない場合もあるでしょう。そうした場合に、バックオフィス業務のワークフロー最適化は必至であり、そこでまず取り組むべきは仕組み化です。

基本的に、バックオフィス業務には属人的な仕事がほぼないと考えており、誰でもできるくらいに仕組み化することによって、バックオフィスにまつわる多くの課題は解決できると感じています。

そして、仕組み化として私が大切にしているのが、次の3つのポイントです。

1つめは、業務のパターン化です。バックオフィス業務は週次や月次の業務だけでなく、年に1回しか発生しないような業務も存在します。そうした業務に取り組もうとした際に、パターン化できていないと、都度どのように進めるべきか調査したり、対応方法を検討したりしなければならず、多くの手間が発生してしまいます。

そこで私はMTGの議事録だけでなく口頭での会話含め、業務にまつわる情報はすべてビジネスチャット上に残し、後々すぐに検索して把握できるようにしています。そうすることで、「昨年の決算報告書はこのような流れで実施した」「一昨年のこの振込はこのような理由で行った」など、業務の流れから背景、またトラブルに対してどう対応したのかといったことまでを瞬時に振り返ることができ、誰かに確認したり迷ったりすることなくタスクの遂行が可能になります。

続いて2つめのポイントは、誰がやっても同じ結果になるように、すべての業務をタスクに落とし込むことです。属人的にならず、誰がやっても同じ結果がでるフローを構築することを大切にし、仮に未経験者や今日入社のような人でも業務を遂行できるレベルまで、タスクに落とし込むことを実践しています。

そうすることで、仮にアシスタントなど自分以外の人の手を借りれるような状況であれば、すぐに業務を手渡すことができますし、自分自身にとっても、まとまった時間が必要な作業やスキマ時間で遂行できる業務など、それぞれをタスクベースで工数管理ができるため、パフォーマンスを最大化させる働き方ができると考えています。

最後に3つめのポイントは、バックオフィス関連で社員が困ったときに、バックオフィス担当者へ「聞く」のではなく、「見る」という仕組みをつくることです。

仮に10人しかいない組織であっても、年齢や性別、居住地などによって対応方法が異なる健康診断に関する質問を10人全員からもらった場合、ひとり10分だとしても合計で2時間近い工数となってしまいます。こうした社員からの質問対応というのは、意外にもバックオフィス担当者にとっては大きな負荷となりますから、大規模組織だけでなく、3人しかいないような組織でも仕組み化すべきです。

実際に私が取り組んでいるのは、二度以上同じ質問が想定されるものは、社内掲示板(イントラネット)にすべてドキュメント化してまとめることです。そして何かわからないことがあれば、「聞く」ではなく「見る」というルールを周知し、その結果コミュニケーションコストをかけることなく疑問を解決できるなど、社員にとっても最適なフローとなっています。

バックオフィス業務の仕組み化で活用している3つのツール

勤怠管理や給与計算ツールなど、バックオフィス業務を円滑に進める上で目的に合わせて様々なツール活用をしていますが、あくまでも企業規模や業種など会社ごとで目的・用途が異なるため、今回は企業最適化を図る上で「バックオフィス業務の仕組み化」という観点で活用しているツールを紹介します。

仕組み化という目的でいうと、特別なツールを用いていません。むしろ仕組み構築のために有料ツールを導入したものの、自社のワークフローには合わなかったとならないためにも、まずは無料ツールやすでに利用しているツールをベースに仕組み化を進めていくべきです。そこで、実際に私が活用しているのが下記の3つのツールです。

01. Googleスプレッドシート

バックオフィス業務はひとりで仕事するのではなく、従業員や経営者、そして司法書士や税理士などの外部含め、様々なステークホルダーとの調整を経て、情報を形成し、プロジェクトを進めていくケースが多く存在します。そこで情報のハブとして使いやすいと感じているのが、Googleスプレッドシートです。

Googleスプレッドシートは表計算をベースとしたツールですから、数値関連の情報を取り扱うのに最適であることはもちろん、Googleカレンダーとの連携やメール通知機能など、目的次第で様々なことを実現できるのが利点です。

たとえば、契約書管理を目的としたGoogleスプレッドシートに契約締結日を入力すると、Googleカレンダーにも予定が追加されるように設定することができます。また、誰かがGoogleスプレッドシートの情報を更新したらメール通知がくるように設定することができるため、わざわざGoogleスプレッドシートをこまめに閲覧し、更新されているかどうかを確認しなくてもよいフローの構築も可能です。

02. Googleサイト

弊社の社内掲示板(イントラネット)は、Webサイトを作成できるGoogleサイトというツールを利用し、作成しています。Googleサイトの利点は、ITリテラシー関係なく、Power Pointで資料を作成するかのように、ノンプログラミングでサイトがつくれることです。そのため、社内掲示板がないという会社であっても、バックオフィス担当者がひとりで作成することができます。

そして上述の通り弊社では、業務マニュアルや社内ルール、共有・変更事項、全社総会で発表した事業報告資料などもすべて社内掲示板にまとめ、会社に関することで確認・不明点があれば、いつでも確認できるようになっています。

また、入社して間もない社員が弊社を知ってもらう・慣れてもらうことを目的としてオリエンテーションを実施しますが、そこでの共有事項もすべて社内掲示板の情報を元に伝えています。そのため、オリエンテーション後に不明点があれば、いつでも自身のタイミングで確認ができるような体制をつくっています。

03. ChatWork(チャットワーク)

最後が、ビジネスチャットツールのChatWorkです。外部や社内メンバーとのやり取りをすることだけが目的ではなく、業務に関する情報はすべて自分だけが閲覧できるマイチャットにメモ代わりに残しています。そうすることによって、何かわからないことがあったら、ChatWorkの検索窓にキーワードを打ち込むことで、自分の業務に関するすべての情報にアクセスできるようにしています。

たとえば「決算報告書」というキーワードをChatWork上で検索すると、他人との会話では以前やりとりした決算報告にまつわる会話が、マイチャットでは過去に決算報告書を作成した際の進行方法や留意点、打ち合わせ議事録、関連ファイルが確認できたりと、「決算報告書」にまつわる一連の流れや情報を把握できるのです。

また、ChatWorkはタスク管理ができるのも利点です。会話ベースで依頼がきたものに対し、そのまま会話をタスク化でき、締め切り日時も指定できるため、アラート付きでタスク管理ができます。

編集後記:すべてを自分ひとりでやろうとするなら、仕組みはいらない。

多くのバックオフィス担当者は、「経理担当」「労務担当」など肩書きやポジションに対して、自身の業務内容を定義してしまっているだろう。そのため、海老澤氏の言う通り、組織全体の最適化という観点からみると、本来バックオフィス担当者がやらなくてもよい仕事を請け負っているケースは多いに違いない。

お話にもあった「バックオフィス業務も会社経営における1つのプロジェクトである」という考え方は、あらためて非常に重要で、バックオフィス担当者の組織内での価値向上に繋がる大事な考え方であると感じた。

海老澤氏は、最後にこう語る。

「従業員や会計事務所などの社外パートナー、クライアントなどを含め、関わるすべての人にとって仕事がしやすい環境をいかにつくるかという発想が、バックオフィスとしての仕組みづくりに繋がっていきます。

すべてを自分でやろうとするのであれば、仕組みは不要です。しかし、自分ひとりでやろうとすると破綻してしまうからこそ、どういったワークフローであるべきかを考え仕組み化し、その上でツールに任せられることはメリット・デメリットを理解し任せるなど、様々な手段を用いてプロジェクトを推進させていくということが大事だと考えています」

海老澤 里沙
株式会社MOLTS

1987年、東京生まれ。20代前半からグラフィックデザインやWebサイト / DTPデザイン制作、アプリ開発、UI / UX設計、クリエイティブディレクションなどをフリーランスにて受注するかたわら、メディア系企業・クリエイティブコンサルティング企業への兼職を約7年間経験。2018年9月にMOLTSへ業務委託として関わり始め、同年11月に参画。グループ全社のバックオフィスを始め、出資先企業のCSからデータ解析、また新規事業におけるCSからサービス開発のPMを行う。2021年3月よりMOLTSの執行役員に就任。

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