2019年より働き方改革関連法として「時間外労働の上限」が設けられました。企業は、不正やミスのない適正な勤怠管理を行うとともに、残業削減と長時間労働の解消が喫緊の課題となっています。
しかしながら、是正の方針や意識がありながらも、「なかなか残業が減らせられない」と対策に詰まる企業も多いのではないでしょうか。慢性的な人手不足の渦中では、長時間労働の抑止と生産性の維持・向上を両立させることが重要です。
本記事では、長時間労働の発生原因とともに対策方法を「残業削減」と「業務効率化」の側面から解説します。
長時間労働の基準とは
長時間労働とは、実労働時間が法定労働時間を大幅に上回る状態を指し、「〇〇時間を超える実労働時間」といった具体的な境界ラインは置かれていません。
しかしながら、労働基準法が定める時間外労働の上限、および過労死や精神疾患を引き起こす長時間労働に対して厚生労働省が示した方針などに従って、適正な労働時間と長時間労働の目安を計ることはできます。
労働基準法が定める時間外労働の上限とは
労働基準法では、法定労働時間を「1日8時間・1週間40時間以内」と定めています。原則、企業はこれを超えて従業員を労働(残業)させてはいけません。
ただし、労働基準法第36条に基づく労使協定「36協定」を労働者と締結し、労働基準監督署への届出をすることで、以下に示す既定の範囲内での時間外労働や法定休日の労働が認められます。
36協定で定められた時間外労働の上限
36協定を締結・届出した場合の時間外労働の上限は、原則「月45時間・年360時間」です。ただし、臨時的な特別な事情(繁閑が激しい職務で一時的に業務量が著しく増加する状況下など)がある場合につき、「特別条項付き36協定」を同様に締結・届出することで、さらに以下の範囲内で時間外労働が認められます。
特別条項付き36協定で定められた時間外労働の上限
特別条項付き36協定で遵守すべき時間外労働の制限は、下記のとおりです。
- 時間外労働:年720時間以内
- 時間外労働と休日労働の合計:月100時間未満、かつ複数月平均*が全て80時間以内
- 時間外労働が月45時間を超過できるのは年間6ヶ月まで
*2ヶ月間、3ヶ月間、4ヶ月間、5ヶ月間、6ヶ月間それぞれの平均
いかなる事情であっても上記を超えることは認められません。違反した場合、懲役や罰金などが課せられます。
参照:厚生労働省 |36協定で定める時間外労働及び休日労働 について留意すべき事項に関する指針
長時間労働による過労死の認定基準
過労死とは、業務上の過度な負荷を原因とする脳血管疾患・心臓疾患による死亡、および精神疾患による自殺です。
過労死の原因すべてが長時間労働ではありませんが、厚生労働省は、長時間労働と過労死と間に強い関連性があると認定する基準(過労死ライン)を以下のように定めています。
- 発症前1ヶ月間に、100時間を超える時間外労働
- 発症前2~6ヶ月間に、月平均で80時間を超える時間外労働
ただし上記の数値は、長期間の業務過重性を労働時間のみで評価する目安であり、実際には、上記の数値を超えていなくても、業務量、業務内容、作業環境なども合わせて考慮し、客観的かつ総合的に判断する必要があるとしています。
参照:厚生労働省|脳・心臓疾患の労災認定基準 改正に関する4つのポイント(2021)
長時間労働が発生する原因
長時間労働を是正すべき、残業を削減すべきという方針や意識がありながら、なぜ長時間労働が発生してしまうのでしょうか。想定される原因を以下5つの側面から解説します。
- 業務量に対する人手不足
- マネジメント層の問題意識の低さ
- 従業員の長時間労働に対する意識の甘さ
- 労働時間を評価対象とする企業文化
1. 業務量に対する人手不足
年々深刻化する人手不足により、今はどの業界も安定した人材確保が難しくなっています。慢性的な人手不足に対して全体の業務量が変わらないままでは、従業員1人あたりの業務量が増えるとともに労働時間も加算されるのは当然です。
定常的に発生する残業によって従業員の心身への負担が蓄積し、仮に体調不良による欠員が出れば現場の負担はさらに増加します。従業員が無理を続けなければ業務が成り立たない状況を打破しなければ、長時間労働の解消には繋がりません。
2. マネジメント層の問題意識の低さ
管理職やプロジェクトリーダーなどのマネジメント層が、従業員の残業削減に対する意識が薄く、チームの労働時間を適正に把握していないことも、長時間労働が是正されない一因です。
また、「特定のメンバーに業務負荷が偏っている」「個々の能力と業務の内容・量が合っていない」といった状況下で、人員配置やタスク配分を見直さないマネジメント能力の無さも挙げられます。
中には、見て見ぬふりで長時間労働を問題視していないケースもあり、部下が我慢を続けてしまう残業の常態化を生んでいます。マネジメント層が管理者としての機能と責務を果たさない限り、業務過多や長時間労働の課題は解決しないと言っても過言ではありません。
3. 従業員の長時間労働に対する意識の甘さ
従業員自身が、長時間労働の心身に及ぼす影響や残業削減の必要性を理解していないこともあります。チーム内で業務範囲の線引きが曖昧な場合や、業務過多でいくらでも仕事が生まれる環境では、たとえ課されていなくても際限なく働こうとする従業員が出てくるでしょう。
また、従業員が残業削減に消極的なこともあります。業務負荷が適正か不適正かによらず「残業で少しでも収入を上げたい」「残業ありきでタスクを計算している」といった考えも珍しくありません。上司命令やルール制定で労働時間を制限するのではなく、本人に残業削減の必要性を認識させる根本からの意識改革が必要です。
4. 労働時間を評価対象とする企業文化
日本には、終身雇用や年功序列と合わせて高度経済成長期に主流であった「私生活を犠牲にして仕事を最優先する仕事観」が根強く残っており、中には、毎日遅くまで働くことを美徳とし、労働時間を仕事の評価対象とするマネジメント層もいます。
そういった上司を持つ従業員が、「定時退社はやる気がないと思われる」「効率的に仕事を進めるのは損」と考えるのも当然のことです。ただ空白の時間を過ごしたり、わざわざ今日しなくてもいい仕事を残業で行ったりする従業員も出てくるでしょう。
さらに周囲が残業している中で先に帰りづらい雰囲気がある企業風土では、組織全体に生産性の伴わない時間外労働が蔓延してしまいます。こうした残業を善とする企業文化は一日二日では変わるものではありませんが、個人の意識改革を積み重ねていくことが重要です。
長時間労働を解消する7つの対策【残業削減と業務効率化】
労働時間の削減のために企業が講じるべ長時間労働の解消に向け、企業が取るべき具体的な対策を7つに分けて紹介します。
- 適正な労働時間の把握
- トップダウンでの意識改革
- 抜本的な人事評価制度の見直し
- 新しい勤務制度や就業ルールの導入
- 無駄な業務の徹底排除
- ITツールによる業務自動化
- アウトソーシングの活用
1. 適正な労働時間の把握
長時間労働の発生を止められない根本的な要因は、従業員の勤務状況を正確に把握できていないことにあります。現状、社内でどれだけ残業が行われているのか、部門や業務内容ごとにどのような傾向があるのかがわからないことには対策の立てようもありません。
その反対に、「誰が・いつ・何の業務を行っているか」が可視化されれば、残業が多い部門や従業員を発見し、タスク配分やリソース管理のミスなのか、個人の意識に問題があるのか、業務プロセスに無駄があるのかなど、原因を探ることができます。
勤務状況や労働時間の正確かつ効率的な把握には、勤怠管理システムなどのITツールの活用が有効です。企業規模が大きくなるほど、従業員の労働時間や勤務時間帯、出勤日数にバラつきが出るものですが、勤怠管理システムでは各従業員の勤怠データを正確に取得し、リアルタイムで可視化することができます。
また、働き方がブラックボックス化し、作業のオンオフを切り替えにくい在宅勤務では、サボりとともに隠れ残業も増加しやすい傾向があります。PCの操作ログで出退勤を記録できるシステムを使用するなど、見えないところで長時間労働が発生しないような対策を取りましょう。
勤怠管理システムの役割や活用のメリット、目的別・ニーズ別の選び方については、以下のページをご覧ください。
2. 抜本的な人事評価制度の見直し
従業員を評価するマネジメント層に「残業=仕事ができる・頑張っている」ではないことを認識させるには、時に評価制度の抜本的な見直しや変更も必要です。
現状の評価制度や意識改革の規模にもよりますが、「残業時間に影響されない人事評価」を実現するには、以下のような考え方を取り入れなければなりません。
- 目標達成度や能力・スキルを重視する評価制度に変える
- 労働時間でなく、業務やタスクに対する所要時間を評価する
- 管理者(上司)の評価項目に「業務効率化への取り組み(残業削減)」を加える
- 直属上長のみでなく、自己評価、同僚、部下など複数視点から評価を行う(360度評価)
3. 新しい勤務制度・就業ルールの導入
ノー残業デーや勤務間インターバル制度*のような残業削減に繋がる勤務ルールを新たに定めてしまうことも有効です。ルール化によって、残業削減への取り組みを全社に周知でき、また上長の裁量のみに委ねない時間外労働への対処ともなります。
ただし、法的な義務規定ではなく、あくまで推奨される努力規定であるため、取り入れて終わりでは次第に形骸化し、最終的には利用されなくなってしまいます。人事組織からの呼びかけや定期的な情報発信が必要となります。
*終業時刻から始業時刻の間に一定時間以上の休息(9~11時間を推奨)を確保する仕組み。働き方改革により2018年に努力義務化された。
4. トップダウンでの意識改革
慣習として根付いてしまった長時間労働を是正するには、個々が残業削減の意識を持って行動しなければなりません。ただし、いきなり「長時間労働をしない・させない」ように呼びかけるだけでは意識改革は難しく、長時間労働による健康へのリスクや残業削減・業務効率化の必要性から教育する必要があるでしょう。
この呼びかけの際には、人事部門や経営層のトップからメッセージを発信し、「ノー残業デーには呼びかけとともに自らが率先して退社する」「人事部から残業削減の部門別実績を全社に公表する」といったように、メッセージ内容に沿って具体的な行動を示していくことが大切です。
5. 無駄な業務の徹底排除
人手不足の状況下で長時間労働を抑えながら生産性も維持するには、残業削減とともに業務効率化を推進していく必要があります。
まず、不要な業務や省いても成果物が変わらない作業は、思い切って廃止してみましょう。形骸化した朝礼や目的のない定例会議、それらに付随する資料作りなどが労働時間を生み出しているケースは多々見られます。
目標達成や成果に必要なプロセスであるか、人員配置や業務フローの入れ替えで時短化できないかなど、リソースの有効活用や業務効率化に目を向ける取り組みが必要です。
6. ITツールによる業務自動化
必ずしも手作業で行わなくてもよい業務をツールやシステムで自動化することで、業務の自動化や省力化が図れる場合があります。
特に、データ入力などのミスが起こりやすい作業、プロセスさえ知っていれば誰にでもできる作業、単純ではあるものの速く・正確な処理が求められる作業が大量にあるほど、時短の効果が大きく、思考を伴う生産的な業務により多くのリソースを費やせるでしょう。
(1) 人事労務・バックオフィス系の業務システム
事業成長とともに従業員数が増えるほど煩雑になる労務管理・バックオフィス業務は、最もシステム導入による業務効率の改善効果の大きい領域です。勤怠管理システムの出退勤データを給与計算ソフトに連携するなどして、人事情報の転記の手間やミス、部門を横断したデータのやり取りを削減することができます。
勤怠管理をはじめ、経費精算や年末調整まで、複数のバックオフィス業務が1つのシステムに集約されているプラットフォームもありますが、勤怠管理システムおよび給与計算ソフトが先行して普及していることもあり、それらのシステムとの連携性から他の業務システムやシリーズ製品を選定し、効率化を図る企業も多いです。
(2) コミュニケーションツール
在宅勤務やリモートワークの必須ツールとなったWeb会議やビジネスチャットは、もともと業務上のコミュニケーションの活性化や生産性向上を目的として開発されたコミュニケーションツールです。
ビジネスチャットでは、1件の投稿でグループ内の全員にリアルタイムかつスピーディーな情報共有や意見交換ができます。Web会議のメモや議事録をその場でチャットに残していくことで、欠席メンバーにもすばやく情報共有が可能です。
(3) タスク管理ツール
仕事を手際よく進めるためには、個人・チームともに「整理・管理」を効率化し、生産的な時間を生み出すタスク管理ツールが有効です。
タスク管理ツールは、個人やチームの業務を作業単位(タスク)に分割して、現在の仕事量や進捗状況を可視化するツールです。マネージャーはチームメンバーのリソース状況を確認しながらタスクの割り振りができ、勤務時間もコントロールしやすくなります。
7. アウトソーシングの活用
長時間労働が突発的・一時的に発生してしまっている場合、自社のリソースのみで考えず、アウトソーシング(外部委託)の活用も視野に入れてみましょう。時期に合わせて人的リソースをコントロールでき、従業員に負担がかかりすぎない体制をつくることができます。
オンラインアシスタントサービスに見られるように、近年のアウトソーシングは、企業活動における一般的な業務のほとんどをカバーしているため、自社の人材と合わせて適切に導入・配置すれば、生産性を最大化することも見込めます。
まとめ
長時間労働が発生する理由はさまざまですが、主に人材不足や企業風土によるケースが多いようです。今後、少子高齢化により、ますます労働力が減っていくと予想されています。企業には時間外労働を削減することで従業員の健康を守りつつ、働くことへのモチベーションを保てるよう助けることが求められます。
経営トップによる従業員の意識改革や、計画年休や勤務間インターバル制度の導入、不要な会議の削減、システムによる業務効率化など、会社に合った方法で長時間労働を減らし、健全な企業活動を推進しましょう。